南画家の田近竹邨を父に持つ、美術評論家田近憲三氏は、中国学者長尾雨山の薫陶を受けて中国を中心とする拓本の蒐集に情熱を燃やしました。当館で収蔵するコレクションは916件で、その内訳は剪装本566件、全搨本325件、軸装20件、巻子装5件です。
剪装本には田近氏直筆の解題、考証が付され、その内174件は自ら剪装本に装幀したものです。手ずからの装幀は表紙に緞子装が施されており、その判別は容易です。このような経緯から考えると、剪装本こそ田近氏が自らの眼で吟味した一群といえるでしょう。一方、全搨本は、装幀設計図が付されたものもありますが、基本的に未整理の状態で当館に収蔵されたものです。
田近コレクションは『書跡名品叢刊』や『書品』の底本としても用いられる良質のものです。ただ、その真価は、蒐集当時まだ知られていなかった石碑の拓にまで及んでいたことにあります。美術評論家としての田近氏はしばしば無名の画家に注目し、その才を評価していました。拓本もまた同じことが言えるようです。