27、高木聖鶴と小山やす子
27-2、小山やす子「貫之の歌四首」「土佐日記」
当館では、平成を代表する仮名作家の一人として活躍した小山やす子の作品コレクションを所蔵しています。日展会員賞「山家集」、毎日書道展文部科学大臣賞「貫之の歌四首」、成田山橋本照稔貫首晋山記念「三十六人家集屏風」、最晩年の現代書道二十人展出品作などを含むコレクションは全部で28件。その白眉はなんといっても平成十五年に毎日芸術賞を受賞し、平成時代の仮名を象徴する代表作「伊勢物語屏風」です。現在は東京都美術館の「読み、味わう、現代の書」展に出品されています。特注の大型屏風は、実は成田山書道美術館の展示場に映えることを考慮して制作されたものです。一方で、「貫之集」や「紫式部集」のように何巻もの巻子本を一具として箱に収めた大作、短冊やかるたなどを折帖に貼り込んでひとまとめにした作などもあり、その様式と装丁の幅広さで作品ごとに見る者を引き込んでいきます。
小山は良家の子女として生まれ、茶道や華道、書道、油絵など数々の習い事に親しみ、仏像や李朝・備前、魯山人のやきものなどにも関心を寄せながら育ちました。自宅にはいつもお気に入りの古筆を掛けていました。「美しく生きなければ、美しいものは創れない」という姿勢がその日常生活にも溢れていました。
こちらは平成十四年の毎日書道展において文部科学大臣賞を受賞した大字仮名作品「貫之の歌四首」です。小山は古筆の拡大臨書をしたり、拡大鏡で一字一字追ったりしながら転折や筆圧の変化を読み取っています。また、一つの古典において「古典全体の呼吸を的確に、鋭敏に読み取りながら」臨書することを大切にしました。「原本に迫る情緒の感応」があってこそ学びが深くなるといいます。この大字仮名においても、連綿を多く取り入れ、情感の表現を重視しています。小山の大字仮名は、あくまで仮名本来の運筆のリズム感や情感を遺しながら追究する姿勢を貫いているように見えます。大字仮名の爛熟期にあり、一世代前の作家とはまた一味異なった完成度の高さを認めることができます。この作品に至るまでに多くの大字作品を発表してきましたが、小字作品に趣向を変えるのもこの頃です。
こちらは、「土佐日記」の全編を書き下ろした大作で、二十三巻を一具とし、桐箱に収めています。その一部は時に応じて展覧会に出品されています。例えば第十二巻は日中女流書道家代表作品展に、第十八巻は平成十九年の毎日書道展に、といった具合で、展覧会には額装で発表したものを改めて巻物に仕立て直しています。公募展などの展覧会における作品発表が主流となった今日、自ずと規定にあわせた作品制作になりがちです。しかし、当館に寄贈していただいた大作にはその事情をあまり感じさせません。純粋な感性に沿って表現したい作品の全体像を描き、あくまでも制約にしばられることなく自由に制作したように映ります。この「土佐日記」や「伊勢物語」「紫式部日記」などの屏風や巻子本の制作は、晩年のライフワークでもありました。胸中に思い描いた大作に息長く取り組んでいくことで、書はもちろんのこと、料紙や装丁などにも意を凝らした会心の作品群を遺すことができたのでしょう。
小山は古典一つひとつを丁寧に吟味し、臨書を繰り返しました。題材の内容理解も身についたもので、それぞれの物語や詩歌の情感に常に寄り添っていました。大作であってもサラッと仕上げてしまう力量と透徹した美意識、さらには豊かな鑑賞体験が多くの作品に合流しています。(谷本真里)
【掲載所蔵作品】
「貫之集」平成23年 4巻
「貫之の歌四首」平成14年第54回毎日書道展文部科学大臣賞 一面
「土佐日記」23巻