5、田近憲三拓本コレクション

5-1、田近憲三拓本コレクションの概要

 

書に親しむ者にとって、法帖(古人の筆跡を手本・鑑賞用にしたてたもの)は必要不可欠なものです。今日では、優れた資料を底本に、鮮明な法帖が数多く出版されています。
成田山書道美術館には、法帖の定番である二玄社『書跡名品叢刊』や書道の教科書に掲載されている原拓を、多数収蔵しています。その一つの核となるのが、帖冊五百七十三件、整本三百二十件にわたる「田近憲三コレクション」です。特に漢から六朝にかけての佳拓を多く含んでいます。

 

 

造像記や「曹全碑」など

 

 

上段左上:「曹全碑」拓本と二玄社『書跡名品叢刊』掲載部分の比較/ 中段:「牛橛造像記」と「始平公造像記」全拓各一葉 /下段左下:「楊大眼爲孝文皇帝造象記」

 

 

これらを蒐集した田近憲三(1903-1989)は、京都の生まれで南画家として有名な田近竹邨の子息です。
竹邨は憲三を跡取りにすべく、長尾雨山のもとに通わせ、漢学を勧めました。
そういった育ちから、中国書画への造詣がもともと深かったようです。
その後大正十三年から約十五年間、フランスに滞在し、美術史を研究、絵画も修めました。
戦後は洋画を中心とする美術評論家として活躍するところとなりました。

 

 

本格的な蒐集は、昭和三十二年頃から始まったようです (『東方書道院講演集』より)
その伏線はそこからだいぶ遡った少年時代にありました。それは大正の中頃、拓本の流通は限られ、出版物もまだまだ少ないころのこと。書店で偶然みつけた、隋の時代のものと思われる帖に、衝撃が走ったのでした。その時に中国文化の規模が桁違いの広さ、深さを伴った世界であることを覚えたそうです。

 

二玄社の書道出版を率い、当館の研究員を長く務めた西嶋慎一氏は、京都の田近憲三宅に訪問した時を次のように振り返っています(『五十年の回顧』藝術新聞社より)

 

平屋の瀟洒な造りである。(中略)玄関を入った正面に画像石拓本が額張りとされ、ここの主人の趣味生活を暗示する。(中略)床には油画がかかり、この方の専門がその方面と判る。その前にずらりと革装の洋本が列ぶ。洋書の稀覯書の収蔵家としても田近先生は知られた存在であった。

 

玄関に飾られていた「道民劉道生等七十人造像記」

 

部分

 

2016年に「田近憲三拓本コレクション展」を開催しました

 

西洋と東洋の美術を貫く価値観や鑑識眼によって、拓本に純粋に魅せられた憲三は、生涯にわたり拓本を求めました。

 

文字は記号であり、実際の必要から生まれたのはどの国も同じですが、それを芸術へ、それも芸術の中でも最高のものに昇華させたのは中国です。
私たち日本人は、その文字に宿る緊張感や精神性を引き継いでいます。

 

田近コレクションの拓本は、そういった中国文化の奥深さを如実に物語っています。
拓本は、「原碑の魂と力と、その迫力と立派さを、まるで全部吸いとってしまって、あとは原碑が抜け殻になったのではないかと思われるくらいに、碑の「よさ」を私達に、それも手許に提供してくれます」 (『東方書道院講演集』より)

 

印刷と拓本を並べて比べると…説明は要りません。
憲三は、良い拓でなくとも、ぜひ自分の手許に置いてほしいと語ります。
時空を超えて、原物を自分の手許に置くということの尊さに改めて気づかされます。

 

…とはいえ原拓を手に入れるというのは簡単なことではありません。
当館では、各種団体における研修目的として、特別閲覧も可能です(要相談)

 

憲三の拓本との向き合い方に想いをめぐらせると、書道というものはどうやら「手間」の上にあるもののようです。(谷本真里)

 

自ら剪装した「顏勤礼碑」 好みの暗緑色の緞子装

 

自ら剪装した「夏日遊石宗詩并序」

 

~以下に『書品』や二玄社『書跡名品叢刊』の底本となった拓本をご紹介します~
☎目録や研修会向けの特別閲覧に関しての詳細はお問い合わせください

明・墓誌一種(劉誌・書跡名品叢刊53)
漢・司徒袁安碑(書跡名品叢刊51)
漢・嵩山三闕のうち、嵩山堂谿典嵩 高廟請雨銘(書跡名品叢刊46)
漢・司隸校尉魯峻碑(書跡名品叢刊172)
漢・郃陽令曹全碑(書跡名品叢刊5)
呉・九眞太守谷朗碑(書品130)
西晋・皇帝三臨辟雍盛頌德碑(書跡名品叢刊166)
東晋・建寧太守爨寶子碑(書跡名品叢刊29)
劉宋・龍驤将軍爨龍顏碑(書跡名品叢刊29)
北魏・龍門造象記20品のうち、孫秋生劉起祖200人等造象記(書跡名品叢刊7)、北海王國太妃高爲孫保造象記(書跡名品叢刊7)、楊大眼爲孝文皇帝造象記(書跡名品叢刊7)、齊郡王祜造象記(書跡名品叢刊9)、一弗爲張元祖造象記(書跡名品叢刊7)、司馬解伯達造象記(書跡名品叢刊7)、長樂王丘穆陵亮夫人尉遲爲牛橛造象記(書跡名品叢刊7)、比丘道匠造象記(書跡名品叢刊7)、廣川王祖母太妃侯造象記(書跡名品叢刊9)、比丘尼慈香慧政造像記(書跡名品叢刊9)
北魏・宕昌公暉福寺碑(書跡名品叢刊81)
北魏・廣陵王元羽墓誌(書跡名品叢刊62)
北魏・石門銘(書跡名品叢刊30)
北魏・皇甫麟墓誌(書跡名品叢刊53)
北魏・世宗宣武帝嬪司馬顯姿墓誌(書跡名品叢刊59)
梁・始興忠武王蕭憺碑(書跡名品叢刊177)
東魏・滄州刺史王僧墓誌(書跡名品叢刊59)
東魏・齊州刺史高湛墓誌(書跡名品叢刊59)
北齊・趙郡王高叡修定國寺建塔記(書品146)
北齊・劉碑造象銘(書跡名品叢刊199)
北齊・郷老擧孝義雋敬碑 見阿佛品第12(書跡名品叢刊175)
北周・譙郡太守曹恪碑(書品194)
北周・西嶽華山神廟碑(書跡名品叢刊179)
隋・龍華寺碑(書跡名品叢刊132)
隋・房山逐鹿寺雷音洞石經17石(書跡名品叢刊204)
唐・衛景武公李靖碑(書跡名品叢刊181)
唐・道因法師碑(書跡名品叢刊65)
唐・英貞武公李勣碑(書跡名品叢刊139・書品131)
唐・夏日遊石淙詩并序 侍遊應制7言詩16首(書跡名品叢刊173)
唐・賜盧正道勅(書跡名品叢刊169・書品127)
唐・石臺孝經(書跡名品叢刊182~184)
唐・浯溪峿臺銘(書品191)
唐・虁州都督府長史顏勤禮碑(書跡名品叢刊6)
唐・張旭書2種のうち千字文殘本(書跡名品叢刊168)