5、田近憲三拓本コレクション

5-4、拓本と装丁

 

田近憲三は拓本を蒐集し自ら装丁まで手掛けています。
当館が収蔵する田近憲三拓本コレクションのうち剪装本(折帖に仕立てられているもの)が573点。そのうちの174点が自装本です。
それも綿密に設計され、本文の帖装だけでなく表紙の緞子装もあわせて行っています。

 

※1

 

 

 

この他にも未整理の拓本が約300件あり、1点ずつ袋に入れて表題が付けられています。
設計図が添えられているものもあり、折帖を想定していたのでしょう。
これらをみると寸法や字配り、配置や頁数などの詳細がわかります。

 

 

 

今回はそのうちの1点を紹介します。

 

 

これは北斉の「方法師鏤石班経記」の装丁設計図です。赤、黒、青、緑のペンを使って細かく記されています。この他に鉛筆書きのものもあり、検討を重ねながら作られていることがわかります。

 

もともと折帖ですがこれを仕立て直そうとしたようです。

 

 

※2

 

 

設計図を詳しく見ていきましょう。

 

 

 

帖としての仕上がりが縦1尺2寸、横6寸8分。
見開きの姿も想定し、拓を置く位置や天地の余白の寸法まで丁寧に記されています。

 

 

 

縦1尺3寸、横1尺4寸5分の紙を用意し、これを半分に折って使います。
仕上がり寸法と誤差があるのは、化粧裁ちを想定しているためでしょう。
もとの折帖は「方法師鏤石班経記」のほかに「華厳経偈讃」と「大般涅槃経聖行品」がまとめられており、改装後も同じように1帖にしようとしました。台紙は計40枚必要という計算に至ったようです。

 

 

「方法師鏤石班経記」の文字の配置を見ていくと、

 

 

見開き5文字4行を5紙。
もとは7文字6行だったものをこのように改装しようとしました。
途中欠けている箇所は「トル」と赤字が加えられ詰めるようにし、5紙に収めようとした案がスケッチされています。

 

 

※2 もとの装丁

 

このような設計図をきれいに整えたうえで作業に取りかかりました。
それからもとの拓を1行ずつ切り離し、5文字ずつに切って行を整え裏打ちをします。
それを繰り返し1帖分まとめたら化粧裁ちをし、最後に表と裏表紙をつけて完成となります。
言う分には簡単ですが、これにはそれぞれの工程における多様な技術が必要です。

 

 

田近憲三がよく拓本を購入していたという文雅堂の主人・江田勇二氏は「琉璃廠の慶雲堂より上ですね。中国でも、なかなかない腕前ですよ」とその出来栄えを高く評価していたといいます(西嶋慎一「拓本三昧―田近憲三先生頌」)。

 

 

自装本から田近憲三の拓本に対するこだわりと深い愛情が伝わってきます。
拓本そのものを愛でて楽しんだ様子が想像されますが、単なる趣味ではありません。
ひとつずつに考証がなされ、それを墨書した資料が遺されていることからもわかるように研究家でもあります。
手ずから集めた拓本を通して、文字の背景にある生き生きとした中国文化に迫っていたのだと思います。
拓本をきれいに整えて装丁し手元に置くことは、田近の文化理解のために必要な作業だったのかもしれません。(田村彩華)

 

 

【掲載の拓本】成田山書道美術館蔵
※1 どちらも自装本 右は「礼器碑」永寿2年(156)
※2 北斉「方法師鏤石班経記」乾明元年(560)

 

【参考文献】
西嶋慎一「田近憲三先生の自装拓本」 『成田山書道美術館』館報18号 平成13年