5、田近憲三拓本コレクション
5-5、刑徒葬甎
我々の社会は、「死」を如何に身近に感じ得るか、という点で、
準備が少なすぎるのではないか。
先日の朝日新聞に載っていた村上陽一郎さんのことば(「中央公論」七月号転載)です。
近年、私たちの身の回りに、天変地異が起きています。
こうした情勢下で、「死」に対する人間の意識について、考えずにはいられません。
田近憲三拓本コレクションには、碑刻ではなく葬甎(かわら)から採った拓が二六〇種あります。
それらは中国漢時代に、労役を課された刑徒が死去した時、彼らを葬るために刻されたものです。
甎にへら書きされた字は、古隷・草隷の姿をしています。
なかには刃先で裂くような筆致のものもあり、凄絶です。
じっくり刻むという類のものではなかったのでしょう、複数人の筆跡に個性の違いや温度差がみられます。
生あるものはいつか死を迎えます。
「死」も私たち人間のひとつの側面です。
生々しい「死」を物語るこの資料は、ある意味拓本という資料を、より身近に感じるきっかけを与えてくれるようです。(谷本真里)