9、革新的な表現
9-2、革新的な表現 比田井南谷
昭和21年、比田井南谷(明治45‐平成11/名は漸/鎌倉の生まれ)は「まだ書道展に出す勇気」がなかったという画とも書ともいえない作品を、現代美術協会展に出品しました。前衛書の嚆矢といわれる、作品1「電のヴァリエーション」です。それが皮切りとなって、時代を画する前衛的な書の芸術運動が加速度的に進展します。
南谷は、鍛錬された線にこそ書の芸術的本質を見出せるとし、用材は単なる媒体に過ぎないと主張しました。その理論を立証するかのように作品を制作していきます。
この「作品67-11」は、昨品67シリーズのうちの一点です。ベニヤ板に鳥の子紙を貼り、地塗り剤で下地を施し古墨で書いたものです。アクリルのマットニスで上塗りされた画面はとても丈夫で、独特の光彩を放ちます。
また、注目すべきは線の抑揚や運筆による穂先の流れをはっきり捉えることができるところです。一般的な書では使わないような用具用材を使いながら、いかにも書らしい線を表すことに成功しています。紙に墨で書くよりも、むしろ毛筆特有の線質を際立たせています。
また、文字ではありませんが、左上から右下に向かって書き進めていくという法則に沿っていて、時間性も感じます。この作品は「居延漢簡」にある人の顔のような符号をヒントにしたと言われています。文字にヒントを得ていていますが、それはあくまでも文字ではありません。
こうした南谷の手法はすべて「線」を際立たせるための手段のようです。意図された手法で、鍛錬された線をもって書作品としているのです。
この作品が発表された昭和42年の個展を境に、南谷の作家活動はおおむね休止状態となります。最晩年は作品制作よりも、書学院における出版事業や天来記念館設立などの啓蒙活動、カリフォルニア大学収蔵の約千種の古碑帖拓本の調査研究などに全力を投じるかたちで書に没頭しました。昭和62年に刊行された『中国書道史事典』も集大成の一つです。そういった姿勢もまた、芸術家南谷としての存在を際立たせています。(谷本真里)
【ご紹介した作品】
「作品67-11」 昭和42年 個展/昭和43年 書道・墨の芸術展 一面 73.0×103.0