12、古写経手鑑『穂高』

12-2、伝慈覚大師「色紙金光明最勝王経巻第六」

 

手鑑の先頭には「大聖武」を入れるのが一般的なスタイルですが、なんといってもこの手鑑の中ではこの「色紙金光明最勝王経」が白眉だと。これを冒頭におきたい。との中正先生のご希望でこの色紙経を最初に入れました。時代としても「大聖武」よりも古い時代のものと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

現存するものはこの一葉を含めて7枚しかなく、大変珍しいものです。経文を調べてみると、料紙の色変わりの間は116文字、7行分抜けています。もともとは一巻だったか一具だったものを色変わりの色紙経にしたいため、このように継ぎ合わせたのでしょう。鑑賞上の色彩効果を狙ってのことだと考えられています。

 

この他には、東京国立博物館の掛軸に仕立てられた一葉(7行、淡藍紙)、五島美術館の『染紙帖』に貼り込まれた一葉(8行、紫紙4行+藍紙4行)、陽明文庫の『大手鑑』の一葉(5行、淡藍紙)、個人蔵一葉(4行、藍紙2行+紫紙2行)、個人蔵一葉(3行、淡藍紙)が知られています。色変わりのものはどれも継ぎ目に切り取りがあり経文が続きません。前田家伝来の手鑑(個人蔵)に押されている色紙経(8行、紫4行+藍紙4行)は唯一経文の続く一葉です。

 

中正先生は、「紫色と薄藍の料紙を継ぎ合わせ、薄墨の界を引いて、点画の確実な手によって書かれた端正な唐風文字の写経の断簡である。料紙の紫と藍の色彩効果も美しいが、文字が見事である」と述べ、希少価値の高いこの断簡を特に大切にされていました。

 

写経生の中でも色紙経に書写できるのは特に腕の立つ優秀な人だったのでしょう。雄勁で隋唐の書に倣った風が見られるこの色紙経は、奈良時代の写経を代表するものです。その後、平安時代に盛行する装飾経の先駆をなす遺墨とも言えるでしょう。この手鑑の冒頭を飾るのにふさわしく、堂々とした存在感を見せています。(田村彩華)

 

 

【掲載作品】成田山書道美術館蔵 松﨑コレクション(古写経手鑑『穂高』)
伝慈覚大師筆 色紙金光明最勝王経巻第六 奈良時代 彩箋墨書 24.0×15.0㎝