12、古写経手鑑『穂高』
12-4、特寸の断簡「二月堂焼経」
古写経手鑑『穂高』のひとつの特徴は、折帖に貼り込むことのできない長尺の断簡を折帖とは別にして収めていることです。
このようにして6段収めています。
「二月堂焼経」
東大寺の二月堂に伝来したもので、江戸時代の寛文7年(1667)2月、二月堂で開催された修二会(お水取り)での火災で焼損があることからこの名で呼ばれています。
天の方から火が入ってしまっているものもあれば、地の方に損傷があるものも。また、あまり焼けずに本文がほとんど遺っているものもあり、その姿は様々です。『穂高』には4葉貼り込まれています。
文字は銀泥で書いているのではなく、よく見ると別のもの。銀泥で書いていたら酸化して黒くなっているはずです。はっきりとしたところはわかりませんが、おそらく胡粉のようなもので書写され、のちに磨かれているのでしょう。
顔料を膠で溶いているので、膠が弱くなると剥落してきます。そのため修復するにあたり、水を通す前に膠水溶液を文字の上から入れて止めていただいています。そうしないと文字が落ちてしまうのです。
写経用紙は本来、本紙のまま軸をつけて巻き、裏打ちをしません。しかし、このように火災を受けたり損傷したりすると裏打ちをすることになります。この手鑑においてはほとんどの断簡の裏打ちや台紙を取り除きましたが、「二月堂焼経」に限っては江戸時代の紺紙による裏打ちの印象が定着しているため、そのまま収めていただきました。
本文としては焼けてしまい不完全な形になったわけですが、私たち日本人は焼けてしまった痕跡さえも愛でながら大切に遺してきました。紙の色も書きぶりも焼け跡もどれも少しずつ異なり、その姿はそれぞれに魅力があります。(田村彩華)
【掲載作品】 成田山書道美術館蔵 松﨑コレクション(古写経手鑑『穂高』)
※穂76 二月堂焼経 紺紙銀字華厳経巻第十四 奈良時代 紺紙銀字 25.8×80.3㎝
※穂12 二月堂焼経 紺紙銀字華厳経巻第二 奈良時代 紺紙銀字 24.7×25.9㎝
※穂13 二月堂焼経 紺紙銀字華厳経巻第十六 奈良時代 紺紙銀字 26.3×18.5㎝
※穂14 二月堂焼経 紺紙銀字華厳経巻第二十四 奈良時代 紺紙銀字 27.4×9.9㎝
番号は『青鳥居清賞 松﨑コレクションの古筆と古写経』図録と対応しています。