12、古写経手鑑『穂高』
12-6、特寸の断簡「泉福寺焼経」
「焼経」といえば「二月堂焼経」が思い出されますが、同じ経文の『華厳経』を書写した「泉福寺焼経」もまた違う魅力があります。こちらは天地の焼けも本文を損なうことなく、一紙分がきれいな姿で遺っており状態の良いものです。
手鑑に仕立てる際に、焼け跡は崩れ落ちてしまわぬよう、薄い補修紙を裏側に当てていただきました。
(「古写経切の修理及び手鑑「穂髙」の仕立てを終えて」株式会社半田九清堂 『青鳥居清賞-松﨑コレクションの古筆と古写経』古写経篇105頁から転載)
紙は淡い藍色で、漉き返し紙といわれています。華厳経60巻分の紙を同じように漉いて用意するのは大変なことです。一度漉いた紙をほぐして繊維状に戻し、もう一度漉き直す方法をとることによって比較的安定した色味に揃えられたのではないでしょうか。
藍紙の古筆として有名な「藍紙本万葉集」は、伝称筆者を藤原公任と伝えていますが、今日では藤原伊房(1030-1090)の真筆と考えられています。同時代ころのものと考えると11世紀中ごろから12世紀にかけて作り出されものなのでしょう。装飾経としては早い時期のものと思われます。「二月堂焼経」より時代は降り、同じ経文でもこちらは柔らかな風で平安らしい清楚な印象です。また、疎らに撒かれた大振りな揉箔が上品です。
『穂高』にはあと2葉収められています。特寸のものよりは焼損の範囲が広いですが、どれも料紙と文字と焼損とが調和してそれぞれに違う表情を見せています。
長尺の断簡の極札は裏に貼ってあります。
現代にこのような手鑑を仕立てることも多くないでしょう。平成の時代に仕立てられた手鑑としても、古写経のみの手鑑としても質量ともに注目されるものと思います。(田村彩華)
【掲載作品】 成田山書道美術館蔵 松﨑コレクション(古写経手鑑『穂高』)
※穂79 泉福寺焼経 装飾華厳経巻第八 平安時代 彩箋墨書 25.0×50.4㎝
※穂49 泉福寺焼経 装飾法華経巻第三十 平安時代 彩箋墨書 22.9×23.9㎝
※穂50 泉福寺焼経 装飾法華経巻第三十三 平安時代 彩箋墨書 16.7×23.0㎝
番号は『青鳥居清賞 松﨑コレクションの古筆と古写経』図録と対応しています。