13、松﨑コレクションの古写経
13-2、 中尊寺清衡一切経
みちのくに願いをかけた理想郷
近年の大地震や津波、火山の噴火といったニュースで、平安時代との類似性を指摘する研究発表を目にする機会が多くなりました。貴族のきらびやかな生活の一方で、度重なる自然災害や疫病が相次ぎ、また現代科学の証明もない時代に先行きのない不透明感にさいなまれた人々は心の拠り所を求め続けていました。それは都を離れた奥州平泉でも同様でした。
世界遺産の登録で、一層脚光を浴びた中尊寺に奉納された一切経です。中尊寺といえば奥州藤原氏3代100年の栄華を連想される方も多いのではないでしょうか。初代清衡は中尊寺建立に際し、1117年から1126年にかけてこの一切経を書写させました。紺紙に金泥、銀泥で行ごとに交互に書き分ける形式は、国内では『法華経』があるものの、大部な一切経では他に事例がありません。入間田宣夫氏の指摘によれば、清衡は仏教を統治の柱とした領国運営を模索していたことが推察されます。この一切経は、前九年、後三年の役と骨肉相食む闘争が繰り広げられた挙句の鎮魂を意図した写経です。長らく安定した秩序が確立できなかったこの地で、自らが受け継ぐ藤原氏の血や在地の安倍、清原氏、様々な出自の人々が金銀織りなすように一つになりたいという希望を込めた写経だったのではないでしょうか。
装飾美だけではなく、その精神美を味わっていただきたい写経です。(山﨑亮)
【参考文献】
入間田宣夫 平泉の政治と仏教 高志書院 2013年
【掲載作品】成田山書道美術館 松﨑コレクション
※経44 中尊寺清衡一切経 紺紙金銀交書倶舎論巻第八 1巻 平安時代 紺紙金銀交書 26.4×672.4cm
※番号は『青鳥居清賞 松﨑コレクションの古筆と古写経』図録と対応しています。