13、松﨑コレクションの古写経

13-3、安倍小水万呂願経(大般若経巻第三百三十四残巻)

 

今回も松﨑コレクションの古写経をご紹介します。

貞観13(871)年、上野国の安倍小水麻呂が発願して、600巻を一具として書写せしめたもののうちの1巻です。平安時代初期に書かれた古い写経です。世に伝わる安倍小水万呂願経のうち、埼玉の慈光寺に伝わる152巻や京都国立博物館に伝わる1巻は、重要文化財に指定されています。

発願者の安倍小水万呂は、昇殿を許されない身分ながらも、奈良から平安時代にかけてこのような写経事業を遂行する民度と財力を持っていた有力な地方豪族だったことが想像されます。「大般若経」は一切経の主たる仏典として尊崇され、後世に至るまで盛んに写経されている経典の一つです。貞観11年の貞観三陸地震ともいわれる大地震と大津波の犠牲となった人々への供養に書写されたものではないかといわれています。

 

 

 

料紙は渋柿のような濃い茶褐色に染められた楮紙であることが特徴的です。天平写経の書風を受け継いだ謹厳実直な筆致です。写経の書写事業の中心といえば、京都や奈良でしたが、平安時代の初期には、関東においてもこれだけ大規模な書写事業が展開されていたことがわかります。紀年を有する安倍小水万呂願経は、それを裏付ける貴重な資料です。

ところで、この古写経が奉納された、埼玉の慈光寺は、国宝で三大装飾経の一つ、「慈光寺経」(法華経)を有することでもよく知られています。一説には政争渦中の京都を避け、奉納先として慈光寺が選ばれたといわれています。慈光寺は、寄贈者・松﨑さんの住まいである青鳥居の近くを流れる都幾川を遡ったところに位置します。

松﨑春川は写経の名手として知られ、「慈光寺経」の補写に携わっています。中正さんにも縁は引き継がれ、「慈光寺経」の修復を手掛けた半田九清堂・川端誠さんの講演を聴講されたことがあるといいます。先のブログのテーマでご紹介した、松﨑コレクションの核となる「穂高」の仕立てにあたったのも、半田九清堂です。

この古写経をとりまくご縁というものを感じざるを得ません。(谷本真里)

 

 

 

 

【ご紹介した作品】
松﨑コレクション  安倍小水万呂願経(大般若経巻第三百三十四残巻)1巻 平安時代 貞観13年(871)紙本墨書 25.2×809.5㎝