18、中野越南

18-3 中野越南 王城の地が育んだ理想の境地

かつて己の書が相澤春洋に古筆と間違えられる程の腕を持ちながら、日展をはじめとするあまたの展覧会に対して距離を置き続けた越南のたどり着いた境地は墨蹟調でした。虚飾を廃し、全ての作為を否定した越南の境地は仏道の悟りの世界に近いでしょう。そんな晩年の一作がこちらです。

 

※1

 

越南80歳の時の作は「喫茶去」です。息の長い存在感のある線は長命だった越南の人生を振り返るようです。長い人生を歩んできた越南に「まあお茶でも」などと声をかけられたら、あくせくした日常を忘れて心を落ち着かせたくなります。

当時まだ都会の喧騒と縁遠かった鴨川のほとりの散歩を日課とし、心をきれいにするために自宅の柱や床板を磨き続けた逸話の遺る越南は平静から心の有り様を模索していました。無心の境地で揮毫することを至上のものとしていた越南の鍛錬の時間だったのでしょう。酔後や集まりの場でふいに筆を執ることも多かったといいます。

越南の日常が垣間見られる作品がこちらです。

 

※2

 

早望岫雲鴨水辺 潺湲洗耳恍将仙

帰来払拭書斎裏 案上沈心対墨玄

 

リラックスした筆遣いですが、筆先はしっかりと紙を掴んで安定感を感じる書きぶりです。酔後の席書の作品でしょうか、二行目では脱字したと思われる「恍」を書き足しています。この幅は、越南等身大の一作といってよいでしょう。(山﨑亮)

 

【掲載収蔵作品】

※1中野越南 喫茶去 1面 紙本墨書 28.4×80.8cm  昭和38年 安達嶽南氏寄贈

※2中野越南 日常行事 1幅 紙本墨書 140.9×56.5cm  昭和37年頃 安達嶽南氏寄贈