19、古谷蒼韻とそのコレクション
19-2、古谷蒼韻揮毫の筆塚 「筆魂」碑
江戸時代、寺子屋で読み書きや算用を学んだ生徒のことを筆子といいました。師匠が亡くなると、その遺徳を供養するために建立したのが筆子塚です。筆塚ともいいます。いつからか人びとは祖先や自然に留まらず、ものや生きものも崇拝するようになりました。転じて筆塚は、勉学に欠かせない筆や鉛筆その他文房具全般を対象に、祈りを捧げ、謝意を表す機会に、広く庶民に身近なものとなりました。
成田山書道美術館の前庭には、立派な赤松や神聖な白松に護られるように、台座を含めると高さ約4メートルほどの筆魂碑が建っています。この石碑は平成20年に成田山開基1070年祭の記念事業として建立された筆塚です。成田山は、石川照勤の五事業に象徴されるように、文化や教育を重んじる観点から、筆塚はたっての建立でした。また、成田山全国競書大会を通して成熟した成田山と日中両国書壇との深まる由縁を顕彰します。ここ成田山では毎年、僧侶による筆塚の法要が厳粛に執り行われています。存在感あるこの石碑は、来館者が記念撮影をする場としても親しまれています。
筆魂碑は、抜群の存在感がありながら、成田山公園の自然に溶けこむように、季節やお天気によっても様々な表情を見せてくれます。石積みされた台座の上に、男性の背丈の高さほどある大きな「筆魂」の凹字は、見れば見るほど味わいが増します。起筆の蔵鋒まじりの露鋒や字の結構など、一見柔らかい印象でありながら、一字一字には一気呵成に書き進めた躍動感があります。それは刻された石碑の文字からも伝わってきます。こちらは原稿です。
揮毫者の古谷蒼韻先生には、長年、成田山全国競書大会の運営にご尽力いただきました。この碑の揮毫は、平成18年に日本芸術院会員に就任されて、まもない頃のものです。王羲之に端を発しながら、和様の空気も感じることができる、晩年ながらの代表作の一つに挙げられるでしょう。
今回は、この石碑の建立時における様子もお写真でご紹介します。
こちらは法要の様子です。
筆魂碑は、昭和以降に建立された石碑のなかで最大級です。成田山公園には、約三千の石碑があるといわれています。その中には巌谷一六や西川春洞、中林梧竹、小野鵞堂、長三洲、中村不折など、名家の手によるものもあります。また、成田山には、茶筅塚や包丁塚もあります。
成田山書道美術館へお越しの際は、前庭の水琴窟で心を清め、筆塚に向き合って筆墨に感謝し、技芸の上達を願ってみるのもよいのではないでしょうか。(谷本真里)
【掲載作品】
「筆魂碑原稿」平成20年 二幅 表:175.5×84.5 裏:122.3×59.5 紙本墨書 成田山新勝寺蔵