20、江戸の書跡
20-3 江戸の墨跡 広がる墨跡の世界
約260年もの太平の世の中が続いた江戸期は様々な文芸が盛んに行われました。現在も信奉者が多い名僧の墨跡をご紹介します。
諦乗寂厳(1702-1771)
俗姓は安富氏。真言宗の僧。9歳で超染真浄に入門し、11歳で出家した寂厳は、悉曇学に通じた学僧として知られました。この作にもみられるように、晋唐から宋にかけての唐様を手中にした能書としても著名です。禅味を帯び、躍動感のある筆遣いの優品も知られ、現在に至るまで信奉者が絶えない書として衆目を浴びています。この作品は、倉敷地蔵院の楊柳観音についての記文です。大寶山心宗禅師の跋文が付されています。
もう一点、
同じく地蔵院の菊について詠んだ詩を書いています。この詩は寂厳の詩文集、松石餘稿に収められています。
慈雲飲光(1718-1804)
俗姓は上月氏。大阪に生まれた慈雲は、13歳で得度し、真言宗の僧侶として正法律を護持することを提唱し、宗派を超えた仏教の教えを説きました。学問にも秀で、蔵書に『淳化閣帖』を有するなど書にも造詣が深かった様子が伝えられます。
こちらの作品は、成田山新勝寺に伝わる慈雲の作です。『大日経』の語で真言密教の根本をなす思想「如実知自心」と書かれています。迷いのない、画面を支配するかのような力強い筆の動きはまさに型破りの風格を携えています。現在、当館ではこの作の「心」の一字をロゴとして採用しています。大変難読な一字ですが、ご覧になった時に思い出していただけたら幸いです。
当館ではこの他、ブログ『3-4 三輪田米山と「秋萩帖」」で登場した良寛の秋萩帖の臨書をはじめ多数の墨跡を収蔵しています。
かつて達磨禅師は実体験で悟りを得るという考えから、「不立文字」を説いたとされます。これは文字の伝達力の限界というよりは、禅師が文字や書の表現の豊かさを感じ、同じ教義を同じ感度で伝える難しさに警鐘を与えたかったからではないかと私は感じます。多くの遺された墨跡は私たちに文字、そして書の表現の無限の可能性を伝えています。肉筆の伝える無辺の味わいを今後もご紹介していけたら良いなあと考えています。(山﨑亮)
【掲載作品】
※1、諦乗寂厳 地蔵院楊柳観音記 1巻 紙本墨書 28.5cm×179.6㎝ 寛保3(1743)年 髙木聖雨氏寄贈
※2、諦乗寂厳 地蔵院後圃菊詩 1巻 紙本墨書 25.6cm×125.3cm 髙木聖雨氏寄贈
※3、慈雲飲光 如実知自心 1幅 紙本墨書 128.0㎝×55.0cm 大本山成田山新勝寺蔵