22、松井如流とそのコレクション

22-2 松井如流 上善若水~じょうぜんみずのごとし~

 

吉田苞竹の流麗な草書に惹かれて門下となった如流は、その才を買われ、苞竹らと関東大震災直後の混乱の中、書道史を俯瞰する書物を刊行すべく『碑帖大観』全50集の編纂に奮闘しました。困難に真正面から向き合い、克服していくという生き様は生まれ持っての資質だったのでしょう。戦前の第2回東方展では『臨張遷碑』を出品し、篆刻の大家河井荃廬に漢隷の資質を評価されるなど、後年の松井如流の書の特徴はすでに見え始めていたようです。

※1

 

五言絶句を二行にしたためた隷書の作ですが、字間を一定に保ちつつ、文字の縦幅のバランスに工夫が凝らされ、単調な表現にならないよう練られた配字になっています。また木簡調と思われる風も多分に含まれて、穏やかなイメージを与える如流の風がよく表れています。

 

戦後、西川寧を主幹として刊行された『書品』の編集も含め、研究者でもあった如流は著述も多く、書への明確な考え方を知る手がかりは多い作家だといえるでしょう。

 

※2

 

「上善若水」…老子の思想だとされていますが、意訳すれば一番良いものは無味で嫌らしさを感じないものだという意になるでしょうか。

 

如流の追い求めた書とは、書の表現、文字の意、作家の意これが全て結集したものであると考えていたようです。老子の思想はあるがままの姿を受け入れ、理解し、受容していくことが根底にあると考えますので、如流の思想が感じられる一点だと思います。

 

さらに、如流の生き様を感じさせる一点として、こちらの作品をご紹介します。

 

※3

 

歌人でもあった如流が自詠の歌を書いています。この作品は、晩年脳血栓に見舞われ、利き腕の自由を失った如流が長期間のリハビリを経て、再び筆を執り、開かれた個展で発表された一点です。左書を勧められたともいいますが、あえて右腕で書かれた一作は、力強い表現となりまさに三位一体の玉作となっています。代表作の一点、『丹愚』もまた闘病後の一作であったことも如流の人となりを感じさせます。

現実を受け止め、出来うる限りの人事を尽くす。如流の胆力を改めて心に留めます。(山﨑亮)

 

【掲載収蔵作品】

※1、松井如流 五言絶句 1幅 紙本墨書 134.1cm×32.8cm 青山杉雨氏寄贈

※2、松井如流 上善若水 2曲半双屏風 紙本墨書 139.5cm×69.4cm×2 松井洋子氏寄贈

※3、松井如流 自詠歌「どんぐりの実」 1面 紙本墨書 53.0cm×75.0cm  昭和57年松井如流新春書展出品作 松井洋子氏 鈴木響泉氏寄贈