24、松﨑コレクションの古筆
24-2、「関戸本古今集」
関戸本古今集は、もとは上下二冊の糸で綴じた綴葉装の冊子本で、『古今和歌集』二十巻を書写したもの。この断簡は右頁にあたるもので、左側に綴じ穴の跡が確認できます。もとは両面に書写したもので、一枚の紙を薄く二枚にあい剥ぎしています。その跡が中央や左下あたりに確認できるでしょう。
藤原行成(972-1027)の筆跡と伝えられていますが、実際の書写年代はこれより後のもの。藤原行成と伝称される古筆には「曼殊院本古今集」「伊予切」「針切」「升色紙」などと数多くありますが、それらとは趣が異なり同筆の古筆は確認できません。
現在確認できる「関戸本古今集」は、27紙の不完全な形で残る零本と、その零本からわかれた断簡、また古くから断簡として伝わっていたものがあります。現在私たちが目にするものは掛幅になっているものが多く、40枚ほどが伝わり、諸家や美術館などに分蔵されています。料紙は、紫、茶、黄、緑など色とりどりの染紙を濃淡二枚ずつ重ねて一折とし、順に色味を変えて美しいです。
今回ご紹介する断簡は淡い紫色で、赤く染まる蘇芳や茜などの染料で浸け染めした可能性があります。さらに媒染をしたり、藍をかけたりすることによって紫色に染まったのではないかと考えられます。時代の流れのなかで変色することも想像され、はっきりとしたことは断言できませんが、実際に蘇芳を用いて浸け染めしたところ、近い色味だと感じます。蘇芳は、飛鳥時代から輸入され、公家の衣服などの染色に使用されており、紙も同様に染料として用いられた可能性は高いと思われます。
右:本紙 左:蘇芳染め(鉄媒染)
染紙の歴史は古く、奈良時代からおこなわれてきました。『正倉院文書』には、縹紙、浅縹紙、深縹紙、浅緑紙、深緑紙、滅紫紙、紫紙などの染紙の名が見受けられ、一色のなかにも、浅、滅、深と別けられています。奈良時代に完成された染紙は、平安時代に受け継がれていったのです。
料紙制作において紙を染める工程は基本で、それから様々な加工を施していきます。染めただけのシンプルな料紙のこの関戸本は、染紙の古筆の代表的なもののひとつでしょう。
一部が名古屋の関戸家に伝わったことからこの名で呼ばれているように、この一幅も、「松下軒」とある箱書きから関戸松下軒のものだったことがわかります。戦後関戸家から分割され、このような掛軸に仕立てられたのでしょう。
装丁は太巻きになっており、巻の強さをやわらげ、本紙に負担のないよう配慮されています。
今回ご紹介したこの関戸本古今集は、そのなかでも魅力的な一葉です。
整った字形に抑揚のある筆づかいを展開させた文字は抜群で、秋の歌を2首、詠者と和歌とが区切れよく収まっています。その歌と調和するようになじんだ淡い紫の染紙は品が良く、軸装の仕立てもきれいで状態の良いものです。文字も、体裁も、紙も、表具も良い、注目の一幅といっていいでしょう。(田村彩華)
【掲載作品】成田山書道美術館蔵 松﨑コレクション
伝藤原行成筆 関戸本古今集 平安時代 彩箋墨書 21.0×17.4㎝