24、松﨑コレクションの古筆
24-3、「石山切」伊勢集、貫之集下
「本願寺本三十六人家集」のなかの一集にあたる「伊勢集」は、先に紹介した「関戸本古今集」に通じる書風で、抑揚のある運筆で書き進められています。
もとは粘葉装の冊子本で両面に書写されています。この一葉は、二重複丸唐草文の文様がはっきりと見え、唐紙の表面に書写されたもの。冊子本の右頁にあたり、左側に糊の跡が確認できると思います。この裏にあたる断簡は軸に仕立てられ、東京国立博物館に収められています。
「石山切」は、昭和4年、女子宗教大学校創設の資金にあてるための手段として分割されました。本願寺の大谷尊由と益田鈍翁(1847-1938)との相談の結果、「本願寺本三十六人家集」のうち特に豪華な料紙装飾が施された「貫之集」下および「伊勢集」の2帖を分割することになったのです。鈍翁は、本願寺がかつて大坂の石山にあったことにちなみ、これらの断簡を「石山切」と命名します。この一幅にも、昭和5年、益田鈍翁による箱書きがあります。
表具にも豪華な裂を用意して意匠を凝らし、箱も二重、三重に仕立てられているものもあります。
松﨑コレクションには「石山切」伊勢集がもう一幅あり、こちらには松﨑中正先生による箱書きがついています。「本願寺本三十六人家集」に魅了され、複製制作も手掛けた父春川を想い、したためたようです。
(箱書き)古筆をこよなく愛せし春川を偲びて 平成二十八年としの暮 男中正しるす
さらに、「石山切」貫之集下も一葉あります。
こちらは世尊寺家五代目、藤原定信の25、6歳の若書きとされるもの。右肩上がりの字形に筆勢のあるリズミカルな筆致が特徴で、料紙とも調和しています。
こうした貴重な文化財の切断は、当時の姿を変えてしまい心苦しく思いますが、戦争や災害などが起こると、一纏めにしておくことによってすべてが失われてしまう恐れもあります。切断して分蔵されていたからこそ遺ったものもあり、多くの人々の眼にふれるきっかけにもなりました。
典雅な料紙と流麗な書があいまった「石山切」は、現在もなお多くの人々の心を魅了しています。(田村彩華)
【掲載作品】成田山書道美術館蔵 松﨑コレクション
古筆№36 伝藤原公任筆 石山切伊勢集 一幅 平安時代 彩箋墨書 20.3×16.1㎝ 重要美術品
古筆№37 伝藤原公任筆 石山切伊勢集 一幅 平安時代 彩箋墨書 20.0×15.9㎝
古筆№38 藤原定信筆 石山切貫之集下 一葉 平安時代 彩箋墨書 20.0×15.8㎝ 重要美術品
※番号は『青鳥居清賞 松﨑コレクションの古筆と古写経』図録と対応しています。